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2016-11-06

達磨忌2016

達磨忌2016
達磨さんの軸を掛けています↑


こんばんは、副住職です。
11/5に達磨忌の法要を行いました。

達磨忌は達磨大師の命日の法要で。本来は10/5が命日です。
お寺では旧暦に合わせて11/5に達磨忌の法要をするところと、
10/5に達磨忌の法要をするところがあります。

妙相寺では、通常は10/5に行いますが、
今年は特別布教があり、旧暦にあわせて11/5に行いました。

また、今回は周辺の同じ宗派の寺院の住職・副住職さんで行っている、
儀式の作法などの勉強会も兼ねて行いました。

なので、本山や修行道場のお寺でしているような、本来の形で法要を行いました。
私も役を任され、久々の役に少し緊張しながら参加しました。

このような達磨忌や
4月の降誕会(ごうたんえ:御釈迦様の誕生日)、
12月の成道会(じょうどうえ:御釈迦様が悟りを開いた日)、
2月の涅槃会(ねはんえ:御釈迦様の命日)、
この4つの行事をまとめて「一祖三仏忌(いっそさんぶっき)」と呼んでいます。

また、そのお寺の初代住職(開山:かいさん)の命日の法要を合わせて
「二祖三仏忌」とも呼んでいます。

そんな、お寺ならではの行事の一つを行いました。

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2016-10-11

おかげさま


副住職です。

10月3日に特別布教が妙相寺でありました。
妙相寺のある近隣の妙心寺派の寺院の住職さんと檀家さんが来られました。

法話のお話をされたのは、本山より派遣された布教師さん。
以前、京都の本山で一緒に仕事をしたことがある方でした。

久しぶりの再会で、あれこれいろいろお話ができて、個人的にもよかったです。

その布教師さんがお話しされたのは「おかげさま」についてです。
ちなみに「おかげさま」の反対の言葉は何でしょうか?

「おかげさま」⇔「あたりまえ」

…なんです。

おかげさま、とは普段生活している中でも、実は見えない所では、様々な人やもの等によって支えられていることに気づくこと。

あたりまえ、とは見えないところで支えられていることに気が付かない、またはそれが当然と感じていること。

「健康は健康でなくなって、そのありがたみを知ることができる」なんて、聞いたことはありませんか?
これと同じですね。

よく見ているテレビ番組で、元特殊部隊の人が、撮影機材以外は道具もなし、衣服もつけずに秘境で単独で10日間サバイバルをする、という番組があります。
この番組を見ていると、普段の生活がどれほど便利で快適なのかを感じることができます。
飲める水を探さないと脱水症状を起こしてしまうし、
火を起こさないと、場所によっては肉食動物に襲われかねない、安心して眠れないし、
刃物がないと、木を切って住居を作ることができない。

私たちの普段の生活は快適そのものですね。

「おかげさま」を漢字で書くと「御陰様」
陰という字に”様”だけでなく”御”までつけているんですね。

物が豊富にあり、便利になっている現代では、それが「あたりまえ」と感じることが多くなりました。
反対に「あたりまえ」と感じるほど、普段から支えられている事のありがたさに気が付く機会がなくなっているんですね。

みなさんも、日常の「あたりまえ」をよく見つめてみてください。
そのなかに「おかげさま」が見つかるかもしれません。
2015-11-13

今年もあと少しです。


こんにちは、副住職です。

雨が降るごとに晴れの日でも気温が少しづつ下がっていますね。
冬に近づいてます。地域によっては、もう雪が降ったところもあるようですね。

この記事を書いているのは11/13ですが、少し前の11/11は何の日かご存知でしょうか?

インターネットで検索してみると…
…たくさんありすぎますね(*゚Q゚*)

数年前に11/11は「ポッキー・プリッツの日」と聞いたことがありました。
この日はちょうど午後からの勤務だったので、ポッキーを買って出勤しました。
職場のみんなとシェアしました(//>ω<)

妙心寺では大事な方の命日です。
おそらく、過去の日記にも書いたことがあるような気がします。
妙心寺を作られた花園天皇様の命日です。

ちなみに、お寺を作った人のことを開基(かいき)と言います。
そして、お寺の初代の住職のことを開山(かいさん、かいざん)と言います。
お寺によっては、開山様の位牌や木像を祀る開山堂があり、
その中に二人の和尚さんの木像が祀られていることがあります。

これは、一人が実際に初代住職としてそのお寺に入った開山様です。
では、もう一人は…誰?ってなりますよね?
もう一人は、開山の和尚さんの師匠の和尚さんです。
勧請開山(かんじょうかいさん)と言います。
実際には開山の和尚さんがお寺に入るのですが、それができたのは師匠あってのこと。
という意味合いもあって、師匠の名前を借りて勧請開山として祀る、と私は聞いたことがあります。

きっと他にも意味合いがあったりするのでしょう。

ややこしいですが、開基と開山は同一人物ではありません。
たいていお寺は、信仰心が篤く、財力や権力のある人が発起人になって作られることがほとんどです。
なので、開基として祀られている人は時代が時代であれば、武家や公家、豪商の人が多いです。

そして開山になる和尚さんは、その発起人が信仰している僧侶です。
もしくは、信仰している僧侶からの紹介された僧侶です。

職場のスタッフさんに開基=開山と思っていた人がいたので、書いてみました。
本当は何か写真も載せたかったのですが、11月は特にバタバタしていて、
外に出るよりも体調を調える方を優先しています。
またどこかでいい写真が撮れたら、載せようと考えています。
2015-10-16

臨済寺の開山忌に行ってきました。

臨済寺開山忌1

ブログ見てくださった方、拍手してくださった方、ありがとうございます。
副住職です。

早くも10月の半分が過ぎました。今年もあと2月半ですね。早っ!
写真は臨済寺の鬼階段と呼ばれる、方丈前の階段です。
ちなみに、その東にある(写真ないです)庫裏前の階段は姫階段と呼ばれています。

開山忌とは…開山(初代住職)の祥月命日の法要のことです。
もっとわかりやすく言えば、そのお寺で修行した人たちのOB会のようなものです。

年に1度しかないので、年にもよりますが遠方からも来る和尚さんがいます。
その時にしか会うことのできない修行時代の同期がいたりもします。
こういったときに、お互いの近況を報告しあったりします。

でも、メインが法要なので、もちろん各々が依頼されている役をこなします。
法要に出られる和尚さんのお茶出しをする係だったり、
法要後に出すお膳の盛り付けをする係だったり、
法要の中の役だったり。
人によって様々です。

若手のOBで共通して頑張るのが、お膳出しなどの給仕です。
現役の修行僧も給仕してくれるので、今年は人手があまりすぎたような印象でした。

何はともあれ、ことしも開山忌が無事に終わってよかったです。
同期の中でも特に中のよかった同期が来年の春に、入ったお寺で大きな行事があるようです。
来年の春はそのお手伝いに行くことになりました。

体を壊さないように頑張ってほしいです。

当日出したお膳の写真を撮っておきました。
この後に飛竜頭、ご飯、お汁が出されます。

最後に「ゆとう」という、おこげと塩を混ぜたお湯を空いている器にいただきます。
最後に洗鉢(センパツ)といって、器を「ゆとう」とタクアンをつかって洗います。
これは修行道場では自分の器をお茶とタクアンを使って洗うのと同じです。
臨済寺開山忌2

また来年、同期や近い代のOBと会うのが楽しみです。
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ついこの間、大学時代の知り合いが亡くなったという連絡を受けました。
学校は違う学校ですが、吹奏楽部の合同演奏会などで一緒にスタッフや奏者として同じ舞台に乗ったことのある人でした。

浜松から京都に出てきてからも、何回か会うことがありましたが、つい先月あったばかりでした。
ルームメイトの知り合いも大学時代の部活関係の知り合いですが、彼から連絡を受けたときは
「人間って、こんなにも簡単にしんでしまうのか」と思いました。
車を運転している時にラジオのCMで「震災を忘れてはいませんか?」ということを言っていました。

亡くなった知り合いは、事故や事件がらみでないのが幸いでした。
お酒を飲むのが好きだったので、飲みに行って酔ったまま外で寝たんだろう…とのことでした。

知り合いの冥福を祈ります。
2015-09-24

妙相寺秋季彼岸法要

彼岸花2015

ご無沙汰しております、副住職です。
ブログ見てくださってる方、拍手してくださってる方、ありがとうございます。

さて、シルバーウィークも終わり今日から日常に戻る方が多いようです。
ちょうど彼岸の時期がかぶっていたということもあり、本山では塔頭それぞれの彼岸法要のある23日では、
境内に車があふれかえっていました。

妙相寺では、彼岸の入りと中日に合同法要を行っています。
今年は9月20日と23日でした。

例年、法要の後に布教師様にお越しいただき法話をお話しいただいたり、
唱歌・童謡などの馴染みのある歌をドルチェ会の方や、コール・ミルテの皆さんをお迎えしてコンサートをしていただきます。

今年はの講話の後にコンサートという内容でした。
講話は「東日本大震災の現場の真実」を震災当時に福島市に住まわれていたコール・ミルテのひとり、武石さんにお話しいただきました。
浜岡原発が近くにある私たちにとっては、武石さんが経験されたことが、いつ自分自身が経験することになるのか、不安になりました。常日頃からの備えが必要だと改めて感じました。

講話の後はコール・ミルテの皆さんと一緒に唱歌・童謡を歌いました。
東日本大震災でバラバラになってしまった中学校の生徒と先生の作った曲「群青」も歌いました。

武石さんの講話の後では、歌詞の一つ一つに込められた生徒たちの気持ちを感じることができました。

次回は春の彼岸です。
内容は未定ですが、次回は彼岸前にお知らせできるようにしたいですね。